• HOME »
  • 久武館道場の教え

 

久武館道場の教え

剣を通じて心や人格を育成する事

私(徳島出身)は、幼稚園年少の頃より祖父である第三代館長 久保勇によって剣道を教わりました。

幼少期の記憶としては、試合に勝つことよりも礼儀や竹刀の持ち方など細部に注意されていた事を思い出します。

今になって感じることは、この徳島の久武館道場は単に剣道を学ぶ場所ではなく、剣を通じて心や人格を育成する事に主をおいていたように思います。

強いチームを作るのは、数を集めて優秀な者を選抜して鍛えればある程度達成できます。歴代の館長はあえてそれをしなかったと伺っています。

それは、初代館長の久保源次郎利雄の教えから始まるそうです。

この久武館の流派は柳生神影流ですが、柳生神影流は剣のすばらしさ以上にその奥にある「活人剣」というものが重要であるのだと。

よって徳川将軍家御流儀として採用され、諸藩でも多く採用されたと。

久保利雄は、明治22年柳生神影流免許巻を授けられたのち、佐賀や福岡を中心に九州で数々の武者修行を行い、両県で自らの道場を十五開設しています。

それは当館の柳生神影流は「陰」ではなく九州系統である「影」という事、九州には熊本藩、三池藩、佐賀藩に新陰流が御流儀として採用され、特に佐賀藩では山本常朝の「葉隠」に代表されるように武士道の考えが底辺にありその教えを学びたかったと伺っております。

武士道

武士道と言えば、武士独自の価値観と考えがちですが、第二代館長の久保義八郎の著書にも書かれていますように人としての「名誉主義」が基本になっています。

それはどんなに困難な状況であっても、最後まで矜持(誇り、プライド)を保ち、あきらめることなく頑張る姿勢のことであり、死を意識することで日常生活を無為に過ごさず有意義に過ごせることを説いています。

これは日常生活を送る中で、常に自分の置かれている状況を把握することで、無駄な争いをせず時間を有効に使い、いわば自分に与えられた人生という時間を最大限有効に使うという教えでした。

「正月元旦の朝、雑煮餅を祝うとて、箸をとり始むるより、大晦日の夕べに至るまで、日々夜々、死を常に心に充つるをもって、本意の第一とはつかまつるにて候」と書かれており、死の覚悟さえあれば正しい人生目標を立てることができ、緊張感を持つことは時間意識を常に持ち続け、怪我や病気を遠ざけるという人生訓がある。

※第二代館長 久保義八郎が昭和19年に鶴書房より大道寺友山著の大義武士道訓を編著し出版した「大義武士道訓:五十六箇条武道初心集」より一部抜粋

柳生神影流は、非常に静かな剣

私(徳島出身)も良く祖父には試合に勝ち負けよりも、試合内容の事を注意されていました。

それは最後まで諦めずに試合したか、相手に敬意を払ったかということに違いなかったかと感じています。

柳生神影流は、非常に静かな剣です。

他のいろいろな流派とは違い力強い剣という側面はなく、自然に水が流れるがごとく無駄のない剣術です。

これは日常生活では非常に大切なことだと思います。

仕事やスポーツなど生活上のあらゆる事で無駄な力を抜き生活することは、長い人生の中で生きるには非常に有効な糧となります。

歴代館長もこの意味を理解し、あえて剣道の勝ち負けだけに目を向けず、剣を通じて長い人生の中で生きていける心や人格を育成する事に主をおいたのだと感じています。

この徳島の久武館道場は作られて100年以上経った現在でもその教えは守り続けられております。

 

柳生神影流第九世
剣道範士(大日本武徳会)
久武館道場初代館長

久保源次郎利雄
久保源次郎利雄の名前

このエントリーをはてなブックマークに追加